2026年7月5日朝礼拝“パン種に気をつけろ” 大賀幸一牧師

 マルコ8:14~21、エレミヤ23:23~32

  イエス様が話されたのは、ファリサイ派のパン種、ヘロデのパン種、この2つのパン種に注意するようにというものです。ファリサイ派の人々のパン種もヘロデのパン種も実は私たちの中に既にあるものではないでしょうか。ファリサイ派は、ユダヤ教の厳格派グループ、神の律法を研究し、厳密に従って行き、違反することのないようにしようとする人々です。ファリサイ派の人々は、イエス様の弟子たちが手を洗わなかったり、イエス様が罪人とされている人々と付き合ったり、食事をすることを、許さないのです。こうして手をきれいに洗うこと、自分を清く保つことに熱心でありながら、結局は表面的な清さ、見せかけの清さに留まり、私たちのもっと深いところの清さを求めようとしない浅はかさを示しています。そして、神様に、イエス様に真実を求めようともいたしません。片やヘロデのパン種。先週もヘロデ・アンティパスのお話が登場しましたように、ヘロデは、決して悪人ではありません。そして洗礼者ヨハネに対して畏敬の念を持って保護していたように、神様に対しても畏れを抱いています。しかし、ヘロデは大切な選択において、神様に従うことを選びません。自分の栄光を選びます。そのために、尊敬し、教えを受けていたのにも関わらず洗礼者ヨハネでさえも殺してしまいます。ファリサイ派のパン種、ヘロデのパン種は、いつも私たちの中にあります。しかし、私たちは、イエス様が、罪人とされた人々と広く、深く付き合い、共に生きたことを知らされています。ファリサイ派は、自分たちの清さを保とうとして、汚れを、罪を滅ぼそうとしました。しかし実際には自分たち自身が罪人であることに気づけないし、気づこうともしない人々です。そして、多くの新しい罪人を、新しい敵を、新しい争いを生み出して行きます。イエス様は、罪人を(敵を)新たに生み出すのではなく、その御言葉により、その愛により、私たち人間を良く知り、受け止め、私たちと共に歩んでくださいます。私たち人間の救いは、命は、神様を受け入れ、イエス様を受け入れることにあります。イエス様に教えられて、イエス様と共に歩むことにあります。