ヨハネ13:31-35 レビ記19:9-18
イスカリオテのユダがイエス様を裏切り、祭司長たちに引き渡そうとしてイエス様の前を出て行ったところです。その時、イエス様は、ご自分の十字架の道がはっきりと見えて来たことを弟子たちに教えました。もちろん弟子たちには何のことか、相変わらずさっぱり分かりません。イエス様は、ご自分の十字架への道を、人の子は栄光を受けた、と表現されています。神の子キリストの十字架の死は、神様の計画された人間を救う出来事であったということです。イエス様は、今しばらくはあなたがたと共にいるとおっしゃっています。神の子イエス様が、天に昇り、天の神様のところに行かれたことを表します。イエス様が人間世界を離れたままであることは、人間たちには大変なことだと思います。この地上に聖霊なる神様が派遣されていることを知らされていますし、イエス様は、神様と共に深い愛と忍耐をもって、人間世界を見守っておられることを知っています。つまり人間たちは、神様とイエス様から、自分たちの世界を委ねられていることを覚えるものです。神様が与えてくださった教会も、そんな人間たちに委ねられた時代に、神様を証しし、イエス様を証して来ました。しかし人間たちには、隣人を思いやることも認めることも出来ずにいることを思います。力を持つ者は、平和を求める教会や宗教指導者たちの声を無視しようとします。力こそが正義であり、力のない者はだまっていろと言わんばかりです。ところが神様はこれまでも人間を愛してくださいましたし、赦してくださいました。人間たちの心の頑なさを良く知りながら、忍耐し続けてくださっています。人間の救いとは、力にああるのではなく、神様の愛と忍耐にこそあります。私たちはやはり、神様が共にいてくださる世界を目指しています。神様の愛と忍耐によって守られ、支えられている人間世界を目指しています。
