マルコ16:1~8,イザヤ55:1~11
イースターおめでとうございます。新しい美しい春が始まりました。皆さんのそしてご家族の4月からの歩みを神様が導き祝福してくださいますようお祈りいたします。イエス様の墓へ出向き、イエス様の遺体の処置をしようとした女性たち、マグダラのマリア、イエス様の弟ヤコブたちの母マリア、そしてサロメは、そこで、自分たちでは動かすことのできない重い大きな石が動かされ、墓が開かれていることの遭遇します。墓の中に、白い長い衣を着た若者に出会います。ただ、ただ恐ろしく、逃げ出してしまいます。何もしませんでした。何もできませんでした。これが、イエス様の十字架を見守り続けた女性の弟子たちです。誰もがイエス様の前から逃げ出して行くのです。墓の中の若者は、大切なメッセージをちゃんと伝えていました。十字架に付けられたナザレのイエスはもうここにはいない。なぜならイエス様は復活されたのだから。かねてからイエス様があなたがたに教えていた通りにしてください。ガリラヤに行きなさい。そこで、生きているイエス様に出会うのです。しかしこのお話を聞いた女性たちでさえも、イエス様の前から逃げ出さなければなりませんでした。それで終わってしまったのでしょうか。終わらなかったからこそ、私たちはイエス様は十字架において死なれた。そして復活されたことを伝え知らせれているのです。怖くて何もできなかった。何も話せなかった。逃げ出した。イエス様はそれで終わりにはさせません。人間が出来るところは怖くて何も話せなかった。何もできなかったところまでです。そこから先は神様がなさってくださいます。そうでなければ、私たちはイエス様の復活のことを、私たちの救いや命のことを知ることはできません。そこからは、神様がなさってくださったのです。今日怖くて、逃げ出しても構いません。イエス様が待っていて、叱ってくるでしょう。
