2026年3月15日 朝礼拝『新しいイスラエル』石川立副牧師

創世記32章23-31節   ガラテヤの信徒への手紙6章11-18節

 

旧約聖書に書かれたイスラエルは、その名を授けられる以前、アブラハムの時代、他民族を含めすべての人々に神の祝福をわたす源として選ばれました(創世記12章1-3節)。ヤコブのときには、神と真正面からかかわる者として「イスラエル」(「神と闘う」の意)という名を与えられました(創世記32章23-31節)。モーセの時代には、イスラエルはエジプトにおける奴隷状態から解放され、十戒をはじめとする律法を授与され、神との契約が成立しました。イスラエルは他のすべての人々に神の祝福を渡す民として選ばれたのです。このようなイスラエルは今日のイスラエルに引き継がれているのでしょうか。

ガラテヤの信徒への手紙では、パウロは徹頭徹尾、論敵ユダヤ人キリスト者に対して批判を展開しています。ユダヤ人キリスト者は、キリスト者であることよりも、ユダヤ人であること、律法を守ることを大事にしました。ガラテヤ人のような異邦人には対しては割礼を強制しました。ユダヤ人キリスト者がこのような姿勢をとるのは、律法に対する愛着というよりは、他のユダヤ人から迫害をうけないためでした。このようなユダヤ人がイスラエルと呼ばれるのはふさわしいことではないとパウロは主張します。

パウロはガラテヤ書6章16節で「神のイスラエル」という言葉を使っています。これはひとつの民族を指すのではありません。人は律法の遵守によって義とされるのではなく、イエス・キリストの十字架と復活の出来事によって義とされることを信じる人々を指します。この人々こそが、十字架によってキリストと共に死に、キリストによって新たに創造される真のイスラエルです。この新しいイスラエルは、すべての人々に神の祝福を渡す源として選ばれます。私たちは何らいさおのない者ですが、神様から、神のイスラエル・真のイスラエル・新しいイスラエルとなるようにと招かれています。この無償の招きに私たちは喜んでお応えしたいものです。