エレミヤ書31章27~34節、マルコ福音書 1章12~15節
さて、イエス様は荒れ野で40日間サタンから誘惑を受けられました。荒れ野でイエス様が示されたのは、人間は神様と共に生きる者だ。人間は神様から離れてはならない。人間は神様に愛され、神様を愛して生きて行くべきものだ、と示されてました。どんなに誘惑の力が強くても、イエス様を神様から離すことは出来なかったのです。神の子イエス様が、サタンから誘惑を受けられたのは、すべて私たちのため、私たちの代わりに、サタンの誘惑を受けられ、それを打ち破られたのです。そんな荒れ野でのイエス様には、天使が仕えています。そして野獣が一緒にいたと記されています。野獣が出てくるのはマルコ福音書だけですが、ヨハネの黙示録には何度も出て来きます。野獣は、神様に従わない、神様に背く力、存在を表す言葉です。そんな野獣は、荒れ野でイエス様と共にいます。なぜでしょうか。野獣は、荒れ野で誘惑され、試練を受けているイエス様と共にいるのです。まるで、イエス様と一緒に試練を受けているように見えます。イエス様は、人々から、罪人の友と批判され、なぜ罪人と一緒にいるのか、とののしられました。でもイエス様は、人々の言う罪人から離れることはありません。イエス様の周りには、いつも、罪人が、病気に苦しむ人々が、悪霊に苦しむ人々が一緒にいました。それはまるで試練に遭っているイエス様の周りにいた野獣たちと重なり合うのです。逆に人間たちの中で、正しい人、強い人、力のある人たちは、イエス様から離れて行きます。さて神の国が近づく中で、神様がイエス様を通して私たちに求めるのは2つだけです。悔い改めることです。神様に心を開き、神様の愛を受けることです。神様の御言葉を聴き、神様の祝福を受けることです。そして、神様の愛を信じて、神様のなされるすべてのことを信じて、神様と共に生きることです。これがどのような時代の中にあっても、私たちが神様の愛に満たされ、祝福の中を歩み道です。
